無事に歩道橋内で朝を迎えた。屋根があるとはいえ、昨夜のような雷雨では雨が進入してくる。夜中にまた降ったらどうしようかと心配していたが、あれからは降られることがなく助かった。
自転車を直さなくてはこの先すすめないので、自転車店を探しに電話帳で見つけようと、まずは電話ボックスを探しいに牟礼役場方面に少し下ることにした。だが、まだ6時。さすがに電話は8時過ぎにしようと、それまで歩道橋の脇で昨夜更新できなかった日記をつけることにした。
PCを立ち上げて日記を書き始めた頃、ある、おばさんが声をかけてくれた。昨夜ここで寝ていたのを知っていたらしく、「寒くなかった?寝れた?」と心配してくれた。そして「ご飯まだでしょ?よかったらどうぞ?」と暖かく誘ってくれた。まともに身動きが取れない状態で困り果てていただけに、その暖かい言葉がとても嬉しかった。
そして、濱松さん宅に。お言葉に甘えて朝食をご馳走になり、さらには自転車も心配してくれ近くの自転車店に連絡してくれた。今日はすでにお盆休みに入っていて、お休みだったのだが、そこでも、暖かく対応してくれ自転車を見てもらえることになった。自転車店まで行くにも濱松さんにトラックで自転車を運んでくれた。とりあえずばらして見て見るということで、自転車を置いて濱松さん宅へ戻った。もし、一人で突然、自転車店に訪れたら定休日とあって見てもらえなったかもしれない。地元の方々の団結のつよさと暖かさを知った。そして、みなさんの親身になっての暖かい対応に嬉しくまた感動した。
そのあとは、自転車が直るまで濱松さん宅でのんびりさせてもらった。畳の上でこんなにのんびりしたのも出発以来初めて。また、テレビもゆっくり見たのも初めて。また読書をしたりと始まっていらいのんびりとすごし自転車の修理をまった。そして15時過ぎになりようやく電話が!直ったと思って話を聞くと、どうやら無理そうだとのこと。スポークの被害が予想以上に多く、また、お盆休みの為に問屋が休みで部品が手に入らないとのことで、20日頃にならないと部品が手に入らない。そんな悲報だった。旅の事情を話し、なんとかならないかと相談する。店主もいろいろ試行錯誤してくれ、中古の自転車をばらしてそれを流用してみるとのことになったが、たぶん合わない可能性が高いとのことだった。
直ったという電話を期待していただけにさすがにショックだった。さすがに最悪の状態を考えて、自転車なしでの行動を考えることにした。幸い妙高の山々の登山口までそう離れてはいない。ここから70Lザックを背負って山々を縦走?というよりも1つ登って下山。一つ登って下山・・・ そんな旅を考えた。考えたというよりも、あきらめてもうそうする気にもなっていた。ただ、ちょっと心配なのが膝の傷が完全に直っていないために重たいザックを背負ってどこまで登れるかであった。時間はあるのでのんびり行けばなんとかなるだろうと軽い気持ちでいた。
濱松さん一家は一家揃って運送業を営んでいるが、田んぼも持っていて、また、畑もあり、夕方それらを少し見物させてもらった。いつも自転車で田園の脇を必死で漕いでよく見ている光景なのだが、このようにのんびり見ることはなく、いつの間にか穂に実を付けはじめていることに驚いた。また、そんなことにも気づかなかった自分の愚かさにも気づいた。やはり旅を焦りすぎているとも改めて思った。そうして畑の野菜の収穫なんかも同行したりして夕方を過ごした。
その後は夕方を過ぎても自転車店からの連絡はなく、結局夕食・お酒までご馳走になってしまった。さらに日も暮れて8時をまわり、今後の予定もあるので、こちらから連絡してみることにした。駄目なら明日早朝からザックを持ってのんびり登山に向かうつもりだ。また、今夜は濱松さん宅に泊めてもらえることになった。本当にありがとうございました。
さて、その電話の結果なのだが、店主にちょうど外に出ていて詳しい話は聞けなかったのだが、どうやら長野市まで足を運んで、部品を取りに行ってくれたようだった。そして必死で直してくれているとのことだった。定休日にもかかわらず、厄介な自転車を見てくれて、尚且つ遠くへ足を運んでまで直してくれていることに、暖かさを感じ、また嬉しくてたまらなかった。ほんとうに申し訳ありません。そして、ありがとうございます。この話を聞いて、もちろん明日の登山を中止することにした。明日ものんびり自転車の復帰を待つことにする。
その後、連絡はなく、夜も更けて、お風呂にも入らせて頂き、久しぶりに布団での就寝となった。自転車の故障もあって途方に暮れていたときに、濱松さん一家に助けていただきほんとうにありがとうございました。