車輪人の自転車日本一周・登山の旅 車輪人の自転車日本一周・登山の旅

2003年 8月23日 (土) - 412日目

天気 :

体調 : 良好

宿泊地 : 呼人浦キャンプ場

本日の移動 : 網走市観光

走行距離 : 0.0km

累計距離 : 18,104km
本日の出費

食費 : 367円

観光費 : 0円

宿泊費 : 0円

雑費 : 0円

費用詳細 :

現在地 : 北海道網走市  ( 全走行図 )

自分

 悪天の予報。そんな為に今日はこの網走のキャンプ場で連泊することにした。見所も多いところだけに出発してもどうせほとんど進められないだろうという思いもあったのだが、しかし実際は天気予報は外れ、雨はほとんど降ることなく、そしてまた、観光もお昼過ぎには終えてあとはキャンプ場でのんびりと過ごた。しかし、のんびりと過ごすといってもその時間にやりたいことはいくらでもある。手紙書き、読書、HPの更新と、ダラダラしてはいられないのだが、しかし、それらをやることなく本当にダラダラ昼寝したりして過ごしてしまった。そんな自分が嫌でたまらない。一部では”たまにはこんな日もいいだろう”と思いながらも”旅自体が遊びのようなものではないか!さらに遊んでどうする!”とも思ってしまい、最後にはこうしてダラダラ過ごしているのが苦痛にすら感じ、そして後悔だけが残る。”あれも見たい、これも見たい”、”もっと見ていたい、もっとここにいたい”、旅先、そんなことばかりでそして結果は妥協ばかりである。欲をかいたらキリがないこともあり、グッと我慢してまた新たな地を目指して旅立つ。そして時間という大切さ、お金には変える事の出来ない重みを常々感じていただけに、こうした時間を過ごした自分が悔しくてたまらない。そんな後悔の1日であったが、今、こうして過ぎ去ってみると、後悔するほどの休養をしただけに清々しさがあるのは確かで、こうして身に残ってはいるが、しかし、”いつも遊んでいるようなもんだろう。さらに遊んで・・・”と言い聞かせてしまう自分がいた。

八代さん出発!
 そんな一日の朝は今日も5時半起きで日記の更新。そして意外と早く終わったこともあり、後は読書しながら自炊そして食事と、朝から最近にはないのんびりした自分の時間を過ごしていた。そして昨夜お世話になった八代さんを見送る。黒尽くめのバイク、そして真っ黒ないでたち、そんな風貌で決めている八代さんであったが、バイクの荷台だけは別物で、大型旅行バックを2つサイドにぶら下げ、軽自動車並の幅があるのでは?と思うほどの量を積み込んでいた。そんなところからも他とはちょっと違う人格を見せ、八代さんの面白さを物語っているかのように見えた。またの再会が楽しみだ。ありがとうございました。

 今日のこの網走には雨がいつ落ちてきてもおかしくないほどの重い空、そして台風並みの強風が吹き荒れていた。テントによっては転がっているのもあり、また早々とポールを抜いてたたんでしまっているのもある。紐をさらに張り、一生懸命補強している姿も多数見られた。それほどの強風ではあったが、意外に私のテントは強かった。さすが登山用だと感心しながら、安心してテントを設営したまま見送り、今日は歩いて観光へと出発した。向った先は、この呼人浦キャンプ場からすぐ見上げた山の山腹にある”網走監獄”、この網走と言えば一番有名な観光地ではないだろうか。ここから距離は2kmほどでひたすら上り坂。徒歩が打ってつけの距離、そして場所であった。

網走監獄
 9時半、今までたくさんの旅人に「あそこはお勧めだよ!」と言われてきたこの”網走監獄”、この北海道の大地、さらにはこの明治当時未開発の道東が受刑者の拘束、そして開拓には打って付けの 労働力であると、この秘境の地に監獄所ができたという。そして過剰な強制労働を強いて短期間で道路を次々に拓いていき道央横断道路を完成させた。脱走者は日に何人も、疲労や病気・事故により多数の死者もだした。だが、そんな受刑者たちの手によってこの北海道、とくには道東の地が開かれたと言っていい。また、こうして工事を急いだのも理由があった。ロシアの圧力だ。それに負けないよう軍用道路としての意味もあった。今、私はそんな汗と涙、さらには死でもって作られたこの地に踏み入れ、こうしてその資料に魅入っていた。また、大戦時も耐えることなく強制労働へと刈り出されるがこの時ばかりは様子が違っていたそうだ。「お国の為に私が役に立てるのであれば・・・」と、どんなに辛くても脱走するどころか、逆に自分から残業を申し出るほどであったという。そして最初は住民からも冷たい目で見られていた彼らも、必死で頑張る姿に、最後完成させ去る時には、小旗を振って「ありがとう!」と市民総出で見送ってくれたという。もちろん、その嬉しさに受刑者は涙したそうだ。そんな時代もあり、またその精神が、最後は特攻へと変わっていく、そんな時代背景をまたここでも目の当たりにした。

 この博物館、資料ばかりでなく復元物も豊富で建物ばかりでなく、実際の受刑者達の様子も実物大で至る所に再現され、時には、ほんとうに人がいるのではと驚かされるほどであった。また、監獄以外にも、この網走にあった庁舎、裁判所も復元され、見所は多すぎるほどであり、その中には、現在の刑務所、少年院の様子を語る映像もあり、そこが私にとって一番印象深かった。自分が思っていた以上に現在も規律に厳しく、軍隊以上であるようにさえ見えた。しかし、それでいて社会復帰、更生に力を入れ、刑務所の恐ろしさ、そして人の温かさをも伝えてたのが印象的で、それを教える刑務官たちにの姿にも惹かれ見ていた。

網走庁舎
網走裁判所風景
受刑者たちの労働
五翼放射状平屋舎房・・・
舎房内
受刑者たちの入浴

 あまりの資料に約4時間近くそこで見学していた。ずっと立ちっぱなしだけにその疲労、そして文字を必死に読み学んでいただけに心労も大きくもうヘトヘト・・・ この後、北方民族博物館へも足を運ぼうかとも当初思っていたが、さすがにその元気もなく、また、民族文化もいたるところで見てきただけに断念し、帰路へとついた。そして冒頭にも書いたとおりダラダラした時間がここから始まった。14時過ぎにテントに戻るまでは「手紙を書くぞ!」と意気込んでいたのだが、しかし、戻ってからはやる気がいつの間にか失せてしまい、「じゃあ、読書をしてから・・・」と気分転換のつもりで始めたのだが、しかし今度は睡魔に襲われる。堪りかねて「ちょっと仮眠」と思ったら最後、日が沈むまで寝てしまい、そして起きてからはもう何もかもがさらに無気力となり、自炊し食事さえとる気が起こらなかった。それでも寝てばかりではと思い必死で身体を起こし、再び始めたのが読書。それに嵌りにはまってしまい、時間を忘れて魅入っていた。それでも空腹の為、渋々20時過ぎに自炊に入り、そして最後、22時過ぎになってようやく日課のHPの更新作業へと入った。今まであれほど時間があったのに、なんで今頃・・・ もちろんこんな時間からでは日記をやり終えることは出来ず、結局明日に残して悔やんだまま23時頃就寝した。まったく反省することばかりの一日であった。

 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : ごはん・具沢山味噌汁(ジャガイモ・人参・玉葱)
 ・昼食 : パン×3
 ・夕食 : ごはん・具沢山レトルトカレー(ジャガイモ・人参・玉葱追加)