車輪人の自転車日本一周・登山の旅 車輪人の自転車日本一周・登山の旅

2003年 9月28日 (日) - 448日目

天気 : 曇時々雨

体調 : 良好

宿泊地 : 駅近くの公園

本日の移動 : 宮古市~山田町~釜石市

走行距離 : 73.5km

累計距離 : 20,365km
本日の出費

食費 : 864円

観光費 : 500円

宿泊費 : 0円

雑費 : 0円

費用詳細 : 観光費:鉄の歴史館

現在地 : 岩手県釜石市  ( 全走行図 )

思い出

 久しぶりの太平洋。そしてこの三陸海岸と言えばやはり旨い海産物だろう。今日の寝床であったこの宮古の町を散策していると、至る所に漁船がとまり、そして海産倉庫、加工会社が立ちながらび、港町であることを実感させられる。またこの潮風、そして行き交う人までも港町であることを語っているかのようであった。そんな海の幸豊富な宮古であったが、しかし、それを味わうことはグッと我慢。食を求める旅ではないだろうと自分に言い聞かせ、さらには足元の先日買った高い登山靴を見ればなおさらだ。贅沢する金があるのなら資料館・博物館にそれを回せと自分の胸に叩き込みながら潮の香り溢れる宮古の港町を走り抜けていた。

 そんな散策も朝は予想外のことから始まり頭を悩ましていた。それは雨。昨日見た予報では雨が降るなど言っていなかったのに、今朝は雨・・・ 通り雨だろうと最初は安易に考え、止むのをまっていたのだが、止まぬ雨にもう一度天気予報を確認すると、なんと雨マークに変わっているではないか!これにはかなりのショックを受けながらも、また同時に諦めの気持ちもおこり、小雨を見計らっての今日の出発となった。そんな朝は5時半起きでやっぱりHPの更新から。しかし、この雨で集中力は途絶え途絶えで思うように進まず、雨宿りと時間はあるのに、最後は読書にふけってしまった。そして止まぬ雨に痺れを切らして10時頃、意を決しての今日の遅い出発となった

 まず、最初に向ったのは景勝地として有名な浄土ヶ浜であるが、しかし、そこまでの道程にはきつい坂があることを知っていた。以前に車で旅した時に通ったことを記憶していたからであり、車で通ったにも関わらずその景色と共にきつい坂をも覚えていたのだ。それが為に行くのを渋った。それも戻るような形で行くことにもなり、また、綺麗な景色を見て心和ませるといった旅の目的でもなく、出来れば行きたくなかったのが本音だが、しかし、この宮古に来ていったい何を見たんだとも自分に問いかけてしまう。食に楽しむわけではなく、景色も見ることもない、そう思うとなんだか寂しく、自転車はいつの間にか思い出の浄土ヶ浜へと向っていた。

 浄土ヶ浜を北から南へと走り抜けたのだが、やはり坂がきついこときついこと・・・ さらにカッパまで着込んでいる為に、蒸し風呂状態で汗だくになりながら坂に挑んでいた。しかし、さすがにこれには堪え、雨もとりあえずは上がっていたことから面倒ではあるが、またカッパを脱ぎ、そしてなんとか上りきった先に広がるには懐かしの景色。ただあの時の強い日差しがない為か海の色は濁ってしまっていたが、しかし、それでも変わらぬ景色が広がっているのを見、その懐かしさについつい浸っていた。そしてこの浄土ヶ浜を代表する白い砂浜、そして海に浮ぶ島々とこのあと観光し、この宮古の町を後にすることにした。

懐かしの風景・浄土ヶ浜
浄土ヶ浜にて
浄土ヶ浜

 さあ、目指すは釜石市。ここへ行きたいが為にわざわざ遠回りしてこの三陸海岸へと出てきたといっても過言ではない。それがだけに目指す足取りも早まるのだが、しかし実際は思うようには足取りは進まなかった。断崖絶壁の三陸海岸だけに道もアップダウンが激しく苦しめさせられたのはもちろん、この降ったり止んだりする天気も頭を悩ました。そしてさらには蒸し暑さが襲う。そのため、カッパを着ては脱いだり、思わぬ時間を費やし、さらにはあまりに雨に途中さすがに避難し、道の駅・山田へと駆け込んだ。そしてそこで誘われたのが山田名物?!”わかめラーメン”である。350円と安かったこともあり、試しにと食べてみるとこれが旨いこと!普通のわかめラーメンと違い、スープはヌメリがあり、その食感がたまらなく、また面も緑色とやや気味悪い色こそしているが、しかし、これがまたたまらない!しばらく、そんな味に誘われながら雨宿りを楽しんでいた。ちなみにこの山田湾に面した山田の町、その景色がずっと忘れられないほど思い出に残っていた。しかしそれが山田湾であったかは実は覚えてなく、ただ三陸海岸のどこかであったとしか記憶になかった。もう5年も前のことになるだろうか、初めての車旅でドキドキしながらも、見るもの全てが新鮮であり、また感動の連続であった中、この山田湾の光り輝く海を今も強く印象に残し、それが今日、こうして走り、ふと見た風景があの思い出と景色であり、またそれが山田湾であったことを今知ったのだった。自分の旅はあの時から始まり、そして今があるのだとしみじみ感じ、自転車を止め海を眺めていたが、しかし、あの時の輝き、そして感動はこの曇り空のせいか分からないが今はなかった。

今も忘れない山田湾
うまい!わかめラーメン

 雨に悩まされ続けながらも15時、ようやく釜石市街へと入った。もう見るからに山間の僅かな平野部しか持たない小さな町であるが、しかし、ここが製鉄の町として有名な釜石である。目の前の山肌いっぱいに広がる工場の群れ、そして数え切れないほどの煙突、それが釜石の姿であったそうだが、しかし今は違う。ひしめき合い建つ民家の中にも関わらず空地が目立つ。そこが製鉄所跡であり、今はもう高炉の火は消えていた。しかしそんな釜石、今も港町というよりも工業の町という雰囲気が漂い、また実際にも立ち並んでいた。製鉄所も残る。ただ平成元年を最後に高炉を火は消え、今は鉄製品工場と変わっているそうだ。そんな歴史をこの釜石市の小高い丘の上に建つ”鉄の歴史館”で見学し、そしてそこで近代製鉄の父と呼ばれる”大島高任”を知り興味を持ち、歴史と共にその歴史館で時間いっぱい魅入っていた。そんな時である。「自転車で旅されている方ですよね。よかったら写真撮らせてもらってもいいですか?」と歴史館の方が声を、こんなことは初めてで驚きの声を上げながらも喜んで受け、また逆にこちらからも写真を共にお願いした。聞けば新聞で見てくれて知ってくれたようで、こんなところにも、自分を見ていてくれる方がいるとは思いもしなかっただけに嬉しく、またそれを励みしに、また良い意味でのプレッシャーにもして歴史館を後にした。館長より頂いた記念品”鉄の歴史館キーホルダー”を手に・・・ ありがとうございました。

釜石大観音
やっと到着・鉄の歴史館
鉄の歴史館のみなさんと

 17時をまわり始める頃にはすでに辺りは暗くなりはじめ、普通なら寝床探しに苦労するところなのだが、しかし、これも歴史館で公園の場所を教えていただていただけに苦もなく見つけることができた。そして到着とほぼ同時に歴史館の方がわざわざ心配してこの公園へと来てくれたのには驚いたと共に嬉しく、温かさを肌で感じながらテント設営、そして食事の準備と進めていると、今度はこの公園へと遊びに来ていた兄弟、平松さんが自転車を見て声を掛けてきてくれた。最初はその暗闇から現れた声に驚き思わず飛び跳ねてしまったのだが、しかし、またこの釜石さらには遠野についていろいろ教えてもらうことになった。そしてさらには「よかったら家へ、」と誘っても頂いたのだが、しかしもうテントを張ってしまい、さらには米も研いでしまい身動きがとれなくなってしまっている今、ただ悔しいながらもお礼しか言うことができない。また改めて、ありがとうございました。こうして今日もたくさんの人に支えられ、そして新たな思い出を作り、19時半、早い就寝となった。というか、いつの間にか寝てしまっていた(汗)

公園にて平松さん兄弟と
歴史館で頂いた記念品♪

 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : ごはん・レトルト丼・味噌汁
 ・昼食 : パン×2・わかめラーメン
 ・夕食 : パン・ラーメン




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