車輪人の自転車日本一周・登山の旅 車輪人の自転車日本一周・登山の旅

2003年 4月5日 (土) - 272日目

天気 :

体調 : 良好

宿泊地 : RANBUさん宅

本日の移動 : 福岡市・大宰府観光

走行距離 : 60.8km

累計距離 : 11,255km
本日の出費

食費 : 619円

観光費 : 650円

宿泊費 : 0円

雑費 : 0円

費用詳細 : 観光費:大宰府展示館・大宰府天満宮宝物殿・福岡市博物館

現在地 : 福岡県福岡市  ( 全走行図 )

福岡歴史散策♪

 ほんと最近どんどん歴史散策が楽しくなってきた。この大宰府もロマン溢れて見所もいっぱい♪街の雰囲気は奈良は飛鳥に似ているところがあり(時代もほぼ同様)、そして数々の遺跡から歴史の面白さを感じ、時間がもっと許すなら何日でも楽しめそうなそんなところであった。この日記上でもそんな歴史ロマンを詳しく述べて行きたいのだが、書き始めると永遠と終わらない日記になってしまうので簡単に書いてしまうが、興味ある方は写真の「案内板」も読んでください。

 昨夜は寝るのが遅くほとんど睡眠をとれないまま、それでもテレビを見ながらのんびり出発準備をして9時ごろ出発した。国道3号線を大宰府に向けて南下していく。今日は強い追い風とあって快適そのものなのだが、帰路のことを思うとちょっと辛い。まあ、そんなことはまだ先の話と気にすることなく快適に南下して行き、そして大宰府に入るとさっそく史跡が迎えてくれた。そこは「水城」と呼ばれるところで、城というから中世の石垣作りの四方囲まれた防壁を思い浮かべるのであるが、この時代の城は他とは違っていた。それは町全体を囲むような中国など異国系の城であった。全長1.2km、高さ10mの規模で濠を掘って水も蓄えた防塁だったという。これは異国の侵略から大宰府を守る為に作られたそうだ。

大宰府の防壁・水城跡
水城跡・案内板

 大宰府に入ったとたんにそんな史跡の出会いで、このあとは尽きることなくいろんな史跡が続きワクワクさせられるほどであった。広大な敷地に渡る筑前国分寺跡、今でも礎石等から昔をしのぶことができた。

 刈萱の関跡、国分瓦窯跡、坂本八幡宮と各所を見学しながら、この大宰府の大きな名所”大宰府政庁跡”へと向った。このあたりは史跡の保存、発掘のためか史跡では広場が広がりそれらを眺めているだけで気持ちがいい、その中でもこの政庁跡は広大な広場になっていた。奥には桜が咲き並び、出店、花見とたくさんの人で盛り上がり、また政庁跡では、ボール、紙飛行機等をして遊んでいる子供たち。ほのぼのとした気持ちいい風が流れる中、のんびりそんな敷地を散策した。ちなみにこの大宰府政庁は九州全体を治める役所で7世紀後半から、奈良平安時代と西の守りの防衛、または外国の交渉口として重要な役割を果たしてきたところだそうだ。隣接された資料館ではそれら歴史や、出土した陶磁器、当時の政庁の模型などが展示されていた。

筑前国分寺跡
国分寺跡の案内板
今の真新しい国分寺
大宰府政庁跡へと
大宰府政庁跡の案内板
だだっ広い大宰府政庁跡
政庁跡の碑にて
大宰府展示館

 まだまだ観光・散策は続く。この辺りはお寺も多く、その中でもとくに古い歴史を持つのが”観世音寺”で、古くは大規模な寺院を構えていたそうだが、今は江戸時代に再建された講堂、金堂が残るのみであった。そしてあとは日本最古の梵鐘(国宝)もあり、そのシンプルなデザインの鐘からも長い歴史を感じさせられた。

源氏物語にも登場 「観世音寺」
日本最古の梵鐘
観世音寺の案内板

 歴史街道沿いに散策しながら今度は大宰府といったら!っと言うほど有名な「太宰府天満宮」へと入った。学問の神様と言うことで、今は受験シーズンがずれていることから空いているだろうと思っていたが、意外、かなりの人ごみであった。これで受験時だったらと思うと恐ろしいほどである。そんな混雑する人の流れと共に参道をひたすら歩き、そしてまず最初に出迎えてくれたのは”延寿王院”で、ここは幕末、三条実美をはじめとする京都の七卿落の末、この大宰府へ5人の公卿が滞在し、維新の多くの志士達の活動の場でもあった。幕末好きな私にとっては一度見てみたい、この大宰府で一番気になるところであった。中の敷地内には巨大な5公卿の碑も立ち、そして奥の瓦葺の建物などから当時をしのばせてくれた。

 石牛、銅牛が至る所に置かれている参道ののんびり奥へと進んだ。その牛は祭られている道真公の干支でもあり、またこの地の定まった理由が牛との神縁によったことから来ているらしい。

込み合う
太宰府天満宮の参道
明治維新の策源地
延寿王院
天満宮・本殿へ

 ここでは学問の神様だけに、いつもの安全祈願ではなく、自分の学問の栄達をお願いした。その中にも、もちろんこの毎日の出来事をもっと楽しくうまく伝えられたら、そんな思いも含まれている。自分の思いがうまく表現できなくて毎日のように日記書きに苦労している。言葉、表現法、文法もなにも知らならないだけに、もっともっとこの分野も勉強して伸ばして行きたい。そんなこともお願いした。

 ちなみにこの御本殿は16世紀末に小早川隆景が5ヵ年かけて再建したそうだ。桃山時代の豪壮華麗な様式が今もこうしてしのぶことができ、またこの後の宝物殿でもたくさんの名宝から当時をしのぶことができた。ただ、やや歴史の紹介に欠けていたのが残念であったが・・・ さて、参道帰路は美味しそうな名物「梅ヶ枝餅」にひかれて1つ購入♪あつあつ出来立てのあんこたっぷりの餅で、これが美味しいこと!もう連日美味しいのを食べ続けている♪

大宰府天満宮・本殿
でっかい宝物殿
買っちゃいました”梅ヶ枝餅”

 この後は同じ大宰府にある”九州歴史資料館”へと見学した。ここは無料というのがなにより嬉しく、それでいて資料のほうは見所充分であった。主に縄文、弥生、古墳時代の展示が多く、そして後半は大宰府の豪華な展示物が占めていて、それら精巧に作られた大宰府模型に圧倒された。ただ、近世の展示がないのが残念であった。

 まだ時間に余裕があったことから、このあと、また福岡市街へと戻り、近世の資料を求めて、市博物館へといってみた。距離は結構な道のりで、向かい風ということもあり苦労させられたが、その甲斐ある、資料豊富な博物館であり、分かりやすく膨大な資料が延々と並べられていた。その中でも目を引いたのが、あの有名な「漢委奴国王」と記された”金印”である。もちろん国宝だ!これは奴国の王が漢の皇帝に働きかけていただいたもので、志賀島から後世に出土したことで有名である。

 中世、近世と自分の知らなかったことも詳しく展示され、そしてこの福岡市の歴史も同時に紹介され、この土地を学ぶことができた。いくらでも見学していたいそう思わせる内容であったが、ただ時間のほうが許してはくれなかった。時刻は16時、このあともうひとつどうしても行きたいところが残っていて、そこへ行く為に退館。向った先はキャナルシティ内にある献血センター♪この前の献血、熊本からちょうど2週間ちょっと、時が経つのはほんと早いものだと実感しながら、ちょっと迷い迷いであったが、なんとか献血センターにたどり着いて、さっそく成分献血、約1時間、献血センターでテレビ見て満喫。最後は、ゼリー&お菓子とたくさん頂いて、そしてさらに献血バッチも入手して18時頃、センターを後にした。

九州歴史資料館にて
福岡ドーム
巨大な福岡市博物館!
福岡でも献血へ♪
献血バッチ入手♪
ゼリーも食べ放題♪

 キャナルシティ内では絵画の展示販売会も行われていたのでちょっと見学。いろんな種類の絵が置かれていて、そのなかでも自分の描いてみたい、こう描けたらなっと思わせられる絵も数点置かれていてそれらに魅せられながら、また絵を描く意欲を沸きたせられながら、帰路についた。

 18時40分頃、RANBUさん宅へと帰宅。今日もお手製のこれまた美味しい食事をご馳走になり、そして会話に盛り上がり夜はあっという間に深けていった。夜はやっぱり最後はHP作業に終われ、睡眠不足ではあったが、0時過ぎまで頑張り、それでも日記を全然書き終えれないまま、仕方なく途中で諦め就寝した。

帰り際にはギャラリーへ
今日も豪華夕食♪




自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・自転車・