車輪人の人力百名山 車輪人の人力百名山

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最後の難関

「難関」。右写真のような険しい場所。ひとつの油断が命を落とすことに直結する。さらには天候、重い荷物が危険度を高めた。それらの難所へと飛び込む時、いつも手に汗握り楽しむ余裕はなくただ岩と真剣に向き合い進んでいた。 しかし、これら難所は大概前もって知ることが出来た。それだけ難所として名高く、逆に言えば多くの人が挑んでいた。情報も入る。難所と言えども整備もされ踏み跡も残り、そうした人工の痕跡がまた勇気付けられるものであった。それだけに乗り越えることが出来た。やはり難所の多くは北アルプス。続いて中央アルプスだろうか。それを終えて最後の南アルプスへと踏み入れていった。もう難所は無いはずである。誰もが体力勝負ではあるが優しい女性的な山だと口をそろえていう。それだけに緊張を糸は解れ、ゴールへ向けて体力的にも余裕が出てきた終盤の道を楽しもうという気持ちであった。

実際の南アルプス。雨こそ毎日のように見舞われてしまったが、それでも歩きやすい遊歩道のような道であった。整備も行き届いている。何の不安もなく山々を越えていったのだが、しかし思いも寄らぬ難所が立ちはだかった。それは長雨の為に川は増水し道が阻まれていたのだ。その為、道なき山間を迂回することになる。忘れもしない10月5日。雨の中、ぬかるんだ道に足を置き、道なき道を切り開く。緊張のあまり鼓動がもう収まらない。まさか、こんなところで苦戦しようとは。思いも寄らぬ難所に四苦八苦したのがゴール手前の最初の試練であった。ここを乗り越えた時、今度こそゴールまでの遊歩道だと緊張は一気にまた開放され、それと同時に涙がこぼれた。それほどまでに追い詰められた難所であった。

しかし、ここでは終わらなかった。それは計画のミスによるものであった。ここまでは歩けるだろうと安易に出発前に計画した予定が、実際には日暮れまで歩き通しても到着できない過酷なルートになっていた。しかし、もうゴールまで僅か数日と言うところまで来ている今、今まで一度も妥協してこなかったルートだけに体力的理由で妥協したくなかった。何が何でも歩いた。それが富士山への道程であった。行路の難所同様に帰路も私に大きく立ちはだかり日本一の山であることを実感させてくれた。この山を越えるともうゴールの太平洋は目の前であった。ようやく終えたと肩を落としほんとの最後の遊歩道になるはずであったが、ゴール前日にして最高の恐怖感を味わうことになった。そこは富士山から見下ろせば丘のような山である愛鷹山。その一角に鋸岳という名の通りの切り立った山がある。訪れる人も稀なようで荒廃が激しい断崖絶壁の上に立つその登山道はアルプスのようなメジャーな山にはない恐怖が走った。悪天が荒れた道に拍車を掛ける。さらには孤独感が精神的にも追い詰めた。ここが結局私にとって3ヶ月間の山旅の最大の難所となった。詳しくは10月13日の日記に書いたので改めては書かないが、このゴール直前の僅か2時間あまりの難所越えの時間ではあるが、旅の全てと覆うほどの私にとっては長い長い時間であり、もうこんな時間だけは勘弁してほしいと旅を終えた今もあまり振り返りたくない不意の難所であった。